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札幌地方裁判所 昭和59年(ワ)546号 判決 1987年12月25日

北海道<以下省略>

原告

X1

右同所

原告

X2

右原告ら訴訟代理人弁護士

山本行雄

札幌市<以下省略>

被告

株式会社藤富

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

藤井正章

二宮嘉計

主文

一  被告は原告X2に対し、九九〇万円を支払え。

二  原告X2のその余の請求及び原告X1の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告X2と被告との間に生じた分は被告の負担とし、原告X1と被告との間に生じた分は原告X1の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告X1に対し一〇四〇万円を支払え。

2  被告は原告X2に対し一〇四〇万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

2  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告

被告は商品先物取引の受託業務を主たる目的とする会社である。

(二) 原告ら

原告X1と原告X2は夫婦で、四人の子らと同居し、その生計は主として運転手である原告X1の給与によって維持され、原告X2は道営北見競馬の開催日にパートとして働く程度であった。

2  被告の違法行為及び原告らの損害

(一) 被告は、その従業員である訴外B(以下、「B」という)、同C(以下、「C」という)らをして、後記(二)で述べる経緯により、欺罔手段を用い若しくは社団法人全国商品取引所連合会の「新規委託者保護管理規則」等に違反する違法な勧誘をなし、原告らに、北海道穀物商品取引所における輸入大豆の先物取引委託証拠金合計一一九〇万円の出捐をなさしめ、かつ、それを失わせて原告らに同額の損害を蒙らせた。

また、原告らは、被告の右行為により多大の精神的苦痛を受け、これを慰謝するには各五〇万円の支払をもってするのが相当である。

(二)(1) 原告らは被告の名も知らず、その従業員と一面識もなかったが、昭和五八年二月ころより被告の北見営業所から、「不景気の時代にお金が儲かる。」などと商品取引を勧誘する電話を頻繁に受け、原告X2はその都度これを断っていたが、昭和五八年九月一三日午前被告北見営業所の外務員Bから執拗な勧誘を受け、預金は一〇〇〇万円くらいあると答えたところ、Bから、「奥さん電話では話が見えない。話だけわかってもらえればよいから。今、暇あるか。何時ころ時間があるか。」などと面会することを強請され、これを断わり切れず、「買う気もないし、聞くだけで良いか。」と念を押したうえ、同日午後一時三〇分ころBと会う約束をした。

(2) Bは、約束の時間に原告宅を訪れ、「会社に案内するから来て欲しい。」と原告X2を車に同乗させ、被告の北見営業所付近の喫茶店に案内し、同店内で同原告に対し、新聞の穀物取引欄を示しながら、「今、このとおり上がっているんだ。明日最低一〇〇円上がって三〇〇万円、一五〇円上がれば四五〇万円、二〇〇円上がれば六〇〇万円儲かる。」「奥さん、銀行に預けても利息はそんなにならない。うちなら一〇〇円上がっても何百万円だ。」などと、必ず利益を得られるような言い方で一方的に喋って商品取引を勧め、原告X2の、「元金はなくなったりしないのか。」あるいは「元金をなくしたら死ななければならない大事な金だから。」などの言に対しては、「絶対そんなことはない。そんなことなら勧めますか。」「元金がなくなるなんて馬鹿なことはない。」「お金は絶対だから委せなさい。」「農林水産省の許可があるのだから絶対奥さんの心配しているようなことはない。」などと虚偽の事実を述べて原告X2を欺罔し、更に、ためらう原告X2に対し、「そんなに信じられないのなら、一週間とか一〇日間というように日にちを決めましょう。その間に必ず儲けさせてあげます。」「奥さん、今なら二〇〇〇万円は絶対儲かりますよ。ここ今が一番良い時なんだ。うちの会社としては長くはおかないんだ。上がったらすぐお客様の手元に渡している。皆奥さんがやって儲けているんだ。お客様で三億円儲かった人がいる。」などとたたみかけるように話し、原告X2はこれにより元金を失うことはないとの錯覚に陥った。

(3) 原告X2が右の経過で、「そんなに儲かるの。」と言ったところ、Bはすかさず、鞄の中から書類を出し署名するよう促し、原告X2はBの指示により原告X1の氏名を記入した。

Bは、原告X2が右記入を終えると直ちに書類を鞄の中に仕舞込み、同原告に書類を読むゆとりを与えず、喫茶店を出て被告の北見営業所に同原告を連れて行った。

(4) 右営業所内では同営業所営業課長Cが原告X2に応対し、同原告に対し、「お金はいつ持ってこれる。」と尋ね、同原告が、「満期が九月一六日だから、それまで持ってこれない。」と答えると、「奥さん、考えてごらん、それまでのマル優を損しても、うちで三〇〇万円でも一〇〇〇万円でも儲かるのだからおろしなさい。」と、商品取引による投機があたかも利息と同様の安全性をもって莫大な利益を生むかのように偽りながら、預金をおろすよう強要したうえ、「銀行から預金をおろすとき大金なので、何に使うか聞かれるから、そのときは不動産を買うと言いなさいよ。」とまで、命令口調で申し向けた。

そして、なおも原告X2がためらうと、Cは、「明日車を向けるから、何時ころがいいか。」と執拗に迫り、原告X2が黙っていると、「銀行が九時に開くから一〇時ころはどうか。」と一方的に時間を指定して訪問の約束をさせた。

また、その際、Cは、「御主人には黙って内緒にしておきなさい。お金が入ってから言いなさい。」と命じた。

(5) Bは同月一四日午前一〇時ころ、車で原告ら宅を訪れ、原告X2を同乗させ、北見市内の四か所の銀行を廻り、原告X2に、原告X1が子名義で預金していた定期預金合計九〇〇万円、同じく原告X2名義で預金していた普通預金一〇〇万円、合計一〇〇〇万円の預金をおろさせ、同日、原告X2は被告の北見営業所において、Cに対し、額面三〇〇万円の小切手三枚と現金八〇万円を手渡し、九八〇万円の委託証拠金預り証を受取った。

(6) その際、Cは原告X2に対し、更に預金をおろすよう執拗に迫ったうえ、同月一七日午後六時ころ、Bは原告X2の帰宅途中を待ち伏せし、無理矢理北見営業所に同行させ、同原告からなお預金が二一〇万円あることを聞き出し、同月二〇日午前一〇時ころ、Bは原告X2につきまとって銀行で、原告X1が原告X2名義で預金した預金一八七万七〇〇〇円をおろさせ、これに原告らの手持ちの金二二万三〇〇〇円を足した二一〇万円を委託証拠金として原告X2に交付させた。

(7) 被告は、同年九月一七日から同年一〇月五日までの二週間足らずの間に、原告X1名義で輸入大豆七二四枚の取引をなし、委託証拠金名義で預っていた一一九〇万円を失わしめた。

3  一部弁済

被告は原告らに対し昭和五八年一〇月五日ころ、右損害金の一部として二〇〇万円を支払った。

よって、原告らは被告に対し、民法七〇九条、四四条に基づく損害賠償として各一〇四〇万円(内九九〇万円については連帯債権)の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)の事実は認める。

2  同1の(二)の事実中、原告らが夫婦であることは認めるがその余の事実は知らない。

3  同2の(一)の事実中、B、Cが被告の従業員であること、原告X2が輸入大豆の先物取引委託証拠金合計一一九〇万を被告に預け、それを原告X2が失ったことは認めるがその余の事実は否認する。

4  請求原因2の(二)について

(一) (1)の事実中、原告らと被告及びその従業員が何ら面識がなかったことは明らかに争わず、Bが昭和五八年九月一三日原告X2に対し電話で商品取引の勧誘をし、訪問の約束をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告X2は、積極的に、話を聞きたいから自宅に来て欲しいと言い、時間を指定した。

(二) (2)の事実中、Bが原告宅を訪れ、北見営業所付近の喫茶店で原告X2に商品先物取引の説明をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

Bが原告宅を訪れた際、原告宅には来客があり麻雀をしていたので、原告X2は外で話をしたいと言い、Bは原告X2を喫茶店に案内し、まず、日本経済新聞の取引所相場欄の最近二か月分くらいを示して相場の動く原因などを説明し、業界紙(大豆特報)を示して輸入大豆の相場の動き、動く原因を説明し、次に「委託者のしおり」を読みながら一般的な相場の仕組、取引の仕方を説明したうえ、具体的な銘柄として輸入大豆の話を中心に、一枚七万円の最少単位から仕掛けられる旨の説明をして取引をするか否かの意向を原告X2に聞いたところ、同原告は即座に、「やってみる。」と返答し、「いくらくらいから始めますか。」との問に対し、「一〇〇〇万円くらいから。」と答え、Bが金額に驚き、「七万円一枚からでも始められるんですよ。一〇〇〇万円から始めるということは一四〇枚で、九八〇万円から始めることになり、一〇円の上がり下がりで三五万円の損益になりますよ。大丈夫ですか。」と念を押すと、「大丈夫です。」と答えた。

(三) (3)の事実中、原告X2が被告会社に差入れるべき書類に原告X1の氏名を記載したことは認めるが、その余の事実は否認する。

Bは、被告に差入れるべき、承諾書、通知書(乙第一、二号証)、商品取引委託のしおり(乙第五号証)、「商品取引委託のしおり」の受領について(乙第三号証)、お取引についてと題する書面(乙第四号証)、商品取引ガイド(乙第九号証)を原告X2に示して一つ一つ説明した。

(四) (4)の事実は否認する。

Cは、原告X2が大口の客であることから、改めて相場の動き方、その原因を説明しただけである。

(五) (5)の事実は認める。

但し、原告X2は自らの意思で預金をおろしたのである。

(六) (6)の事実中、原告X2が昭和五八年九月二〇日被告に委託証拠金二一〇万円を預けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

Cは、同月一七日に原告X2が、「値段が安かったら、チャンスだろうから全部買っておいて下さい。」と言っていたので、買い時と考えた同月二〇日、原告X2に三〇枚の買いを勧誘し、同原告がこれに応じたので買い注文を出し、証拠金を預け入れてもらったものである。

(七) (7)の事実は認める。

5  請求原因3の事実は認める。

三  抗弁(和解契約)

仮に、被告に損害賠償義務が発生したとしても、原告X2と被告との間で、昭和五八年一〇月五日、次のような内容の和解契約が成立し、原告X2の損害賠償請求権は消滅した。

1  被告は原告X2に対し和解金二〇〇万円を支払う。

2  原告X2が被告に対して負担している清算金一二二万円の支払義務を被告は免除する。

3  原告X2、被告は、今後、いかなる理由があっても互いに裁判上、裁判外の請求をしない。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。

理由

一  被告が商品先物取引の受託業務を主たる目的とする会社であること、原告X2が昭和五八年九月一四日に九八〇万円、同月二〇日に二一〇万円がいずれも商品取引委託証拠金として被告に交付し、被告が同月一七日から同年一〇月五日までの間に、輸入大豆七二四枚の取引をなし、右証拠金すべてが失なわれたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の不法行為について検討する。

1  商品先物取引は、相場の動きと売買の時期の選択によって利益を生じあるいは差損が発生するものであり、取引に参加する者の利益は他の者の損によって生れる構造を持つものであるから、商品取引の委託をした者について差損が生じ、委託証拠金が失なわれたからといって直ちに委託を勧誘した者につき不法行為責任が生ずると言うことができないのは当然である。

しかしながら、商品先物取引の委託を勧誘する者が、勧誘の際、投機性が強く、証拠金がわずかな期間に失なわれることもあり得ることをさらに秘し、かつ、判断力の乏しい者に対し執拗な勧誘を行い、大量の証拠金を支弁させるというように、商品先物取引における外務員の活動として許容された範囲を越えた勧誘をしたような場合は右勧誘行為は違法なものとなると言うべきであるから、外務員あるいは受託者は、失なわれた証拠金を損害として賠償すべきである。

2  原告らと被告及びその従業員が何ら面識を持っていなかったこと、被告の外務員であるBが昭和五八年九月一三日電話で原告X2に商品取引の勧誘をしたうえ、同日中に原告宅を訪ね、原告X2を被告の北見営業所付近の喫茶店に案内し、同店内で商品取引の勧誘をしたこと、翌一四日原告X2が定期預金をおろして作った九八〇万円を被告に預けたこと、同月二〇日更に二一〇万円を被告に預けたこと、被告が同月一七日から同年一〇月五日までの間輸入大豆七二四枚の取引をなし、証拠金すべてを失わせたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない第六、第八、第九号証、証人Cの証言により真正に成立したと認められる乙第一五号証、証人D、同B、同Cの各証言(B、Cについては後記措信しない部分を除く)、原告X2本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると次の各事実が認められる。

(一)  原告らは夫婦で、原告X1は自動車運転手として働き、原告X2は競馬のある夏期間だけ道営北見競馬場で一週間に二、三日パートとして働くほかは家庭にいて家事をしている。

(二)  原告らのみるべき資産としては、ローンで購入した住いのほかには一二〇〇万円余の預金があるだけであった。

(三)  原告らは商品取引の経験はなく、昭和五八年春ころから商品取引の会社から何度か勧誘の電話があった際にも、これを受けた原告X2は断わってきた。

(四)  被告は昭和五八年三月北見営業所を開設してから、選挙人名簿、株主名簿、所得番付などに基づいて電話をかけて穀物商品取引の勧誘をしていたが、昭和五八年九月一三日午前被告の女子従業員がたまたま原告宅に電話をし、応対に出た原告X2から良い感触を受けたので、被告の外務員Bが電話をかわり、穀物商品取引の勧誘をし、同原告から一〇〇〇万円くらいの預金があることを聞き出し、同日午後には原告宅を訪問することの承諾をとりつけ、早速、同日午後一時三〇分ころには原告宅を訪れ、原告X2に対し、「会社へ行って様子を見るだけでいいから。」などと言って、同原告を北見営業所近くの喫茶店に案内した。

(五)  同喫茶店内においてBは、「大豆の先物取引では、一〇〇円上がれば何百万円、上がりようによっては何千万円も儲かる。それは、一時間でも一日でもそうなる。絶対損することはない。自信をもってそれは言える。元金を失うことはない。農水省の許可もある。」などと、たたみかけるようにして原告X2を説得し、結局、原告X2は九八〇万円を委託証拠金として預託し、一枚七万円の輸入大豆一四〇枚分の取引をすることを承諾し、必要書類に原告X1の氏名を記入してこれをBに手渡した。

(六)  右書類を受取ったのち、Bは原告X2を北見営業所に案内して上司であるCに会わせた。

Cも原告X2に対し、「絶対損することはない。皆、奥さん達がやっている。銀行の定期預金では、三〇〇万円なり一〇〇〇万円積んでいても、三年で五〇万円か六〇万円くらいしかならない。うちだったら、一時間でも三〇〇万円は最低儲かる。」などと、定期預金をおろすのをためらう原告X2を説得し、同原告に翌一四日銀行で預金をおろして証拠金を預け入れることを承諾させた。

(七)  翌一四日午前、Bは車で原告宅を訪れ、原告X2を乗せて北見市内の北海道拓殖銀行、北海道銀行、北洋相互銀行等四か所の銀行を廻わり、原告X2は原告X1が、子らの名義で預金していた合計九〇〇万円の定期預金を解約して額面三〇〇万円の小切手三通を受取り、更に、原告X1が原告X2名義で預金していた普通預金から一〇〇万円をおろし、同道したBに案内されて北見営業所に赴き、Cに右小切手三通と現金八〇万円を手渡した。

(八)  なお、C、Bは原告X2に対し、預金をおろして証拠金を預け入れることは、利益が出てから原告X1に教えるよう指示をしていた。

(九)  同月一七日夕方、原告X2は競馬場からの帰りBと会い、Bに案内されて北見営業所に行き、Cから、相場の動きが良いから更に余力があれば買増しした方が良いと説得され、同月二〇日、再びBと同道して、原告X1が原告X2名義で預金していた預金一八七万七〇〇〇円をおろし、これに手持の金二二万三〇〇〇円を合わせ、二一〇万円を委託証拠金として被告に預け入れた。

(十)  被告は、同月一七日から同年一〇月五日にかけて原告X1名義で輸入大豆七二四枚の先物取引をなし、一九九二万円の差損が生じ、利益が生じた時点で増えていた委託証拠金一八七〇万円すべてを失わせたほか、原告X2に一二二万円の清算金の支払義務を負わす勘定をした。

(十一)  北海道穀物商品取引所が被告を含む商品取引員に対し、社内の内規として定めるべく指導している「新規委託者保護管理規則(例)」第二条には、「主婦等家事に従事する者に対しては商品取引の勧誘、受託を行なわないこととする旨(但し、本人から取引をしたい旨の理由を明記した申出書があり、社内の総括責任者が正当な理由があるものと認定した場合は除かれる)の定めがあり、右管理規則(例)四条を受けた「新規受託者に係る売買枚数の管理基準(例)」では、新規委託者の建玉枚数は、原則として二〇枚以内とする旨定められている。

以上認められ、右認定に反する証人B、同Cの各証言は、原告X2本人の供述に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  右認定の各事実によれば、被告はその従業員たる外務員をして、家庭の主婦であり、商品取引の経験もその知識もない原告X2に電話で商品取引の勧誘をし、その日のうちに原告宅を訪問し、喫茶店及び被告の営業所において、商品取引は、わずかな期間で莫大な利益があがり、しかも、元金を失うことはない旨執拗な説得をして、翌日には、原告ら夫婦の預金の大半である合計一〇〇〇万円の預金をおろさせ、輸入大豆一四〇枚分の証拠金に相当する九八〇万円を預け入れさせ、更に六日後には二一〇万円を預け入れさせ、しかも原告X2には夫である原告X1には内緒にするよう指示しているのであって、こうしたことに、新規委託者に対する勧誘、受託につき、北海道穀物商品取引所が各商品取引員に対し、主婦は原則として勧誘しないこと、新規委託者からの受託は原則として二〇枚以内とするよう指導していることをも考慮すると、被告の原告X2に対する勧誘は違法なものと断ぜざるを得ず、被告は原告X2に対し、民法四四条、七〇九条に基づき損害賠償義務を負うと言うべきである。

そして、その額は、失なわれた証拠金相当額である一一九〇万円になる。

なお、原告X2は、慰謝料五〇万円の請求もしているが、本件不法行為の被侵害利益は財産的利益であり、慰謝料の請求を認めるべき特段の事情も認められないから、慰謝料の請求は失当である。

4  ところで、原告X1に対する被告の不法行為責任についてであるが、原告X2が被告に預け入れた証拠金は原告X1の預金を解約等して捻出したものであるが、原告X2が預金をおろした時点で、原告X1の預金債権は消滅したことになるから、原告X2が被告と共同して原告X1に対し不法行為をなした、あるいは原告X2が全く自由意思を失っていたという事情があればともかく、そうした事情が認められない本件にあっては、原告X1に対する被告による利益侵害はないことになるから、同原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、慰謝料分も含め、理由がないことに帰する。

三  原告X2が被告から二〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

四  抗弁(和解契約)について

証人E、同Cの各証言、原告X2本人尋問の結果(以上、いずれも、後記措信しない部分を除く)によれば、昭和五八年九月二八日ころ証拠金が零になり、同月二九日、Cは原告X2に対し、電話で、その旨を伝えると共に、今後なお取引を継続するのであれば追加証拠金として二五〇万円ないし三〇〇万円が必要であると連絡したこと、原告X2はこれに驚き、たまたま電話がかかってきたとき原告宅に居たFに付添ってもらって北見営業所に赴き、右Fを原告X1と紹介したうえ事情の説明を求め、更に、訴外Gに依頼して被告の本社に苦情を申入れたところ、同年一〇月四日、原告宅に被告の旭川営業所長E(以下、「E」という。)がCを伴って来訪し、被告側は追加証拠金の預け入れを求め、原告X2と同席した前記Gはそれを拒み、原告は既に預け入れた分の返還を求めたが、被告側は、結局、取引を終了させることによって原告X2に生じた一二二万円の清算金支払義務を免除し、既に預けられた分のうち二〇〇万円を原告X2に返還することにし、翌五日Eは、原告宅を訪れ、原告X2に対し、あらかじめ被告側で用意した、嘆願書と題し、「今般、貴店において、北海道穀物取引に係る輸入大豆取引を致しておりましたが、昭和五八年一〇月五日最後の建玉を整理致したところ不足金一二二万円が生じました。この不足金は私の責任において入金致さなければなりませんが、私の経済事情では入金の目途が現在ありません。よって、何卒、寛大なる処置をお願い致したく思います。なお、取引関係においては一切の異議等はありません。」との記載のある書面を示し、これと全く同一内容を原告X2に記載させて、原告X1名義で署名、押印させ(乙第一八号証)、また、被告側で用意した、和解書と題し、「今般、株式会社藤富北見営業所(以下、「甲」と呼ぶ)とX1(以下、「乙」と呼ぶ)との間において、北海道穀物取引所にかかる輸入大豆取引を取引しておりましたが、乙より甲に対して異議の申立てがあり、甲、乙双方話し合いの結果甲は乙に対して和解金として二〇〇万円を支払うことにより、円満に話し合い解決致しました。よって、今後、甲、乙双方いかなる理由があろうとも民事訴訟等は言うに及ばず一切の異議ありません。」との記載のある書面(乙第一九号証)に原告X1名義で署名、押印させ、右二通の書面を原告X2から徴したうえ、同原告に二〇〇万円を交付したことが認められ、右認定に反する原告X2本人の供述、証人Eの証言は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の各事実からすれば、なるほど、原告X2は、本件商品取引に関する紛争を二〇〇万円の支払をもって和解する旨の文書を被告に差入れてはいるが、前記認定の不法行為の態様、和解文書作成の経緯からすると、対等の立場で、相互に互譲し紛争を解決することを本質とする和解契約は未だ原告X2、被告間で成立したとまでは認められず、被告の抗弁は理由がない。

五  以上によれば、原告X2の請求は九九〇万円の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、原告X1の請求はすべて理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本博)

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